脊髄の再生医療
(こちらは昨年noteに公開した記事を修正したものです)
今回は再生医療の話です。
ノーベル賞を取った山中先生のiPS細胞のおかげで、日本では再生医療が話題になってきました。
再生医療とは、失った細胞を再生するという治療です。
幹細胞という細胞の赤ちゃんみたいなものを使って、細胞を人工的に作るのです。
幹細胞にはiPS細胞やES細胞などいくつか種類がありますが、この幹細胞は時間がたつと色々な細胞に成長していきます。
まず前駆細胞というものに変わり、最終的に体や臓器の細胞に変わっていくのです。
こうして細胞の性質が変わっていくことを分化と言います。
このように、幹細胞は様々な細胞に変わるため万能細胞とも呼ばれます。
トランプ(USAの大統領ではなくてカードの方です)でいうところの、ジョーカー的な存在ですね。
この再生医療は、様々な医療分野で注目されていますが、神経系統の治療としても注目を集めています。
神経細胞は、一旦傷つけてしまうと、ほとんど元に戻りません。
特に、脳や脊髄などのケガや病気の治療は厳しいものがあります。
よく、脳梗塞の後に手足が麻痺しても、リハビリを頑張って治したという話がありますが、これはリハビリで死んでしまった神経を再生するという話ではなくて、まだ残っている神経に頑張ってもらう形なんです。
だから、リハビリのおかげで再び手足が動くようになったとしても、なかなか元通りまで回復しないことが多いです。
それに、CTやMRIなんかで脳を見てみると、リハビリで回復した人でも、死んだ神経細胞が生き返ったわけではなく、死んだままであることが確認できます。
CTやMRIでは、死んだ神経細胞の部分がぽっかりと穴になって見えるんです。
このように、脳や脊髄は、一度ダメになると再生しません。
「スラムダンク」「バカボンド」などで有名な漫画家の井上雄彦先生の「リアル」という漫画を見たことがある人は分かるかもしれません。
「リアル」では、脊髄を損傷した人が登場しますが、ほとんど回復しないという現実を突きつけられてしまいます。
しかし、これは今現在の医療の話。
近い将来、脊髄の再生医療が可能になれば、
脊髄損傷も治らない病気から、治る病気に変わるかもしれません。
そして、なんと、動物実験レベルでは、すでに脊髄の再生医療が成功しているんです。
今日は、その中の一つの研究論文をご紹介します。
参考文献:
この研究では、脊髄損傷後に起こる、膀胱の機能障害と神経痛という二つの症状に注目しています。
脊髄を損傷すると、歩けなくなるだけではなくて、おしっこが出にくくなったり、ビリビリとした痛みを感じたりもします。
この二つの症状が神経細胞の再生医療で改善するかどうか、この実験ではネズミを使って調べたようです。
一言に神経細胞といっても色々とありますが、神経伝達物質というものの種類によって分類したりします。
神経伝達物質とは、神経細胞の間で情報をやり取りするために使われる物質で、セロトニンとかドパミンなどのことです。
例えば、セロトニンという神経伝達物質を使って情報をやり取りしている神経細胞はセロトニン神経系、ドパミンを使っているならドパミン神経系などと呼ばれたりします。
今回の実験の主役はGABA(ギャバ)神経系です。
GABAって聞いたことがあるでしょうか?
これは神経の興奮を抑える物質です。
例えば、睡眠薬なんかは、このGABA神経系を動かして神経の興奮を抑え、眠くさせたりします。
脊髄を損傷すると、GABA神経系のアンバランス、つまり、あるところでは過剰にGABA神経系が活動し、あるところでは全然動いていないみたいな状態が起こり、その結果として、膀胱機能障害や神経痛が出てしまいます。
過去の実験では、ネズミの細胞から作ったGABA神経の前駆細胞(先ほど言ったように幹細胞が成長・分化したやつ)を、ネズミの脳や脊髄に埋め込むと、神経痛やパーキンソン病の症状などが改善するといった結果が得られているそうです。
つまり、すでに結構、脊髄の再生医療は進んでいるんですね。
そこで、この研究では、もう一歩進めて、ネズミではなく、人間から作った前駆細胞を使っています。
脊髄を損傷し、膀胱の機能障害と神経痛をわずらっているネズミの脊髄に、人間から作った前駆細胞を埋め込みます。
すると、この前駆細胞はGABA神経に成長し、見事に脊髄の中でGABA神経系として働き出しました。
その結果、ネズミの膀胱機能障害と神経痛は改善したとのこと。
当初の目論見通り、実験は成功です。
これが人間で可能になれば、脊髄の病気やケガを治すことができるようになるかもしれません。
脊髄だけでなく、脳のケガや病気にも応用できかもしれません。
もう治らないと思われていた脳や脊髄の病気が、治せるようになるかもしれないのです。
今後の研究に期待大ですね。
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